僕が脱僕をした理由と退職までの流れをお話しします
記事を書こうと悩んでいるうちに一日が終わる…。ここ数週間はそんな日々をすごしていました。
さて、このブログに訪れる方は先日書いた「公務員の退職手当のもらい方」という記事から来ているようなので
今日はなぜ私が公務員を辞めたのか、そして辞める意思を伝えてから最終出勤日までの過ごし方をつらつらと書いていこうかなと思います。
1 現実はとても厳しかった
公務員になりたいという方になぜなりたいのかという質問をすると
「ん~安定しているから。」
と答える人が圧倒的多数です。
大学時代に周りの友人にもそういう人がたくさんいました。
しかし、私は「自分でバンバン政策を考えて暮らしやすい街を作るんだ!」という希望を胸に抱いて公務員になることを決めました。
そして、それを実現するには国ではなく地方のほうが小回りが聞いていいのではということから地方公務員の道を選びました。(よく国の人間は地方の実情を知らないということをききましたので。)
しかし、現実はそう甘くはありませんでした。
基本的に公務員は前例踏襲です。
過去に前例のないことにはとことんNOと言われます。
そして、地方が抱える問題はとても根深いものがたくさんあります。
人口流出・待機児童などなど…。
まあ簡単に解決できるなら問題になっていない訳でその点は私の考えに甘さがあったんだなと今ではそう認識しています。
私は商店街の活性化させるための仕事に携われたらいいなと思っていたのですが、当時の先輩に言われたことが未だに頭に残っています。
「商店街活性化っていう言葉はよく聞くけど、実際商店街の近くにイオンなんかができるとどうすることもできない。安さで勝負できる訳がないし品ぞろえも豊富だからね。だから、それをどうにかしようって頭ひねっても所詮は焼け石に水。俺らの仕事ってこんなもんなんだよ…。」
さらに公務員の仕事は「やって当たり前」の世界です。
感謝の言葉よりも市民からの罵詈雑言のほうが多いです。
次第になんでこんなにも頑張っているのに責められないといけないんだ…。そう思うようになっていきました。
そんな環境に心を打ちのめされて退職を決意することになりました。
正直、朝の通勤の電車で職場と反対行の電車に乗ろうとしたぐらいなのでメンタルも限界にきていたと思います。
2 退職するまで
私がいた職場には直属の上司と面談して仕事の進捗状況や今年の課題・目標を話し合う場が年に2,3回ほどあったのですが、その面談を利用して退職したい旨を伝えました。
上司を自ら他の部屋に呼び出してなんてとてもできませんでした(笑)
せめてボーナスはもらってからやめようと思ったのでやめる時期は12月末と自分の中で設定しました。
ですので、辞める旨を伝えたのは9月ごろだったと思います。
当初辞めたい旨を伝えたところ欠員が出るのでせめて3月末まで待ってほしいと言われましたが、次の職場が決まっているということを伝えて12月末にしてもらいました。
まあ本当はなにも決まっていませんでしたが何度も引き留められるのも面倒くさいと思いましたので。
ちなみに私のようにウソをつく場合は細部まで徹底的にウソをつき通してください。
私はどこどこに就職が決まっていて面接ではこういうことも話したというとこまでウソをつきました(笑)
退職後、親しかった職場の同僚には白状しましたが、全くウソだとは思わなかったと言われました。
演技派なんでしょうか…(笑)
上司には「やりたいことがあるなら、挑戦してみればいい。」とすんなり退職を受け入れてくれました。
1週間後ぐらいに退職届を出すように言われましたのでそれを提出し、係会議を開いてもらってそのときにまわりの方々に辞める旨をお伝えしました。
驚かれましたが、頑張ってねと温かい言葉を頂きました。
その日以降は私の事務をどのように配分するかを自分で決めて少しずつ引継ぎをしていきました。
最終出勤日も普通に仕事をしていました。
むしろ、ここまではやろうと思ったところまで終わらずサービス休日出勤もしました(笑)
最終日には庁内を回ってお世話になった方一人一人にあいさつをして回りました。
3 最後に
今から公務員になろうと思っている人はできる限りの情報を集めてください。
できれば現役の公務員に話を聞ければベストです。
職場説明会なんかでは綺麗事しか話してくれないと思いますので知り合いのツテを頼って飲みに行ったりなんかするとリアルな話が聞けると思います(笑)
そして、現在公務員で辞めたいなあと思っている人はぜひ辞めちゃってください。
そんなに必死になってしがみつかなくても人生なんとか生きていけます。
公務員以外にも他に職業なんて山ほどあります。
心身共に壊される前にお早目の決断を。